hikaru_otsukiの日記

本、映画、散文

海の街の夕焼け

<音楽を聴いて文字起こし>

好きな音楽を聴いて得た印象を書く、という作業を始めたいと思いました。

まずは手始めに、最近友人が勧めてくれたLavernというアーティストのGolden Sunsetから。

聴きながらイメージしていただけると嬉しいです。

 

youtu.be

 

海の街の夕焼け

 

 黄金の時の流れは海辺の街でないと作り出せない。

 いくつかのスナップショットは天井に向かって開かれている。もう回る予定のない空調が虚しく家の主人の引越しの様子を見つめている。

 すみません、この写真いらないんですか?業者の声に女は振り返る。一見乱雑に広げられたように見える写真は一枚も重なっておらず、全ての角度が陽の光に晒されていた。

 女はしっかりしたとした声ではい、と頷く。もう必要ありませんから。ただ、この家の元の持ち主のために残しておいてください。あと一ヶ月もすれば、彼は戻ってくると聞いたので。

 業者は困惑を隠せない様子で頷く。このテーブルも(と言って、木造の丸机を指した)、その方のものなんですか?

 ええ、ですのでこのままで。

 女のワンピースの裾が翻る。彼女は自分の荷造りの続きを始める。サマードレスもカーディガンも、本当は全て、この家に残しておいてしまいたかった。

 二時間後、女は他のすべての荷物と一緒に別の街へ向かっていく。海の見えない、潮風の感じられない場所が彼女の次の居住地になる。振り返った彼女を捉えたのは、陽の光を受けて輝く窓ガラス。空の穏やかな青色が黄金の光の中で溶けていく。

 あなたのことを覚えている人がいない街へ行きたい、と言い出したのは彼女だったのに、今更あがいてももう車は高速道路の上。止められない。

 ある時、彼が車の中で流した音楽が彼女を突き刺す。同じラジオ番組から流れているのだろうか、随分聴き覚えのある音楽に身を震わせる。

 バックシートで、かすかにつま先を前に出す。この夏で日焼けしたかどうかを確かめるように、彼女は自分の腕の内と外を見比べている。彼女の腕を頼ってくる者はなく、小麦色の腕は虚しく身体の両脇に垂れる。

 彼ならもっと、たおやかに踊れるだろう。腕を動かせるだろう。

 一軒家の吹き抜けの下のリビングで、昔のロックバンドの曲に合わせながら無秩序にダンスしていた彼を思い出す。家具が彼を妨げても、彼女が仕事の電話に出ている中でも、彼は自分で音楽を作り出して静かにその流れに耳を傾け、手足を好きなように音楽に乗せることができた。

 彼女を乗せた車が坂を下る。渋滞に巻き込まれながらゆっくりと、夕日が轟く波の中に飲まれていく。